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34章 崩壊した精神




ラーキさん、どうして拳の衝撃一つで血を吐いて倒れちゃうの。なんともないはずだよ。
ねえ、起き上がっていつものように訓練つけてよ。今日も特訓なんでしょ?
弱々しいから強くしてやるって言ってくれたのはラーキさんだよ。
いつも僕、ラーキさんにはかすり傷ひとつつけられなかったんだよ。ラーキさんが僕に何かを言った。
でも僕には何を言ったのかわからなかった。耳が聞こえない。何の音も捉えない。
僕は床に落ちた血をみた。何だろうこの感じ。今、気分が高揚していてすごく気持ちが良い。
初めて、ラーキさんを倒すことができたからなんだろうか。
でも本当におかしいなぁ、ラーキさん……どうしちゃったの? 本当におかしくて笑いがこみあげてくるよ。
「血……」
綺麗だなぁ、血って。これほど綺麗な赤ってないよ。すぐ変色しちゃうのがもったいないけど。
でも限りがあるからこそ綺麗なのかも。あ、清海ちゃん。どうしてこんなところにいるの?
僕、今さっき魔法を唱えたところなんだ。僕は笑って彼女に手をかざした。バイバイ。
黒外套の人が清海ちゃんを庇った。でも、無駄だよ。あれは全てに届く光だから。
光を放つと、清海ちゃんとそばにいた黒のコートの人は同時に倒れた。死んだのかな?
でもそうなら残念だな。血が一滴もみれなかった。そっか、光は物を切り刻むことしないんだ。
さてと、次は誰に会うかな?今度はもっとたくさんの血がみたい。そうだな……風の魔法で切り刻もう。
どうして今まで気づかなかったんだろう? 馬鹿だったよ。風なら掠るだけでも血は流れるのに。

鮮やかな血。耳をつんざくような悲鳴。怯える顔。風で切裂けば一度にすべて叶えられる。

僕はパラパラと魔道書をめくった。風の魔法で切り裂く奴は…………あった。
古代魔法はそのまま読んでも使える。必要な条件は多大な魔力。魔力さえ足りればそれで良い。
でも訳して唱えると威力が増すから面白い。さっきのは訳せなかったけど、これは訳せそうだな。
「風の精霊よ舞え神へ奉げる生贄とともに。生贄の血をまとい宴で踊りに酔いしれるが良い。踊り続けよ神の祭壇で」
僕の行くてにちょうど良い時にでルネスが現れた。襲いかかってくる彼へと手をかざし魔法を放つ。
鮮血が壁へと飛び散った。でもまだ倒れなかった。そう、その渋とさでもっと僕に血を見せてよ。
彼の攻撃をかわしきれなくても僕は風の魔法を唱え続けた。動きが遅いよ、魔帝なんでしょ?
まあ、それもそうだよね、最初に胴を切落とすつもりであの魔法を放ったんだもの。
人間ならあっけなく切断されてたところだよ。僕は自分の血で服を染めながらも魔法を唱え続けた。
流れるのならば、例えそれが自分の血でも良いんだ。汚れていようと清かろうとどっちだって良いんだよ。
古代魔法も、もう覚えた。僕は魔道書を閉じてルネスに投げつけた。これくらいじゃ命中しないけど。
もう一度古代魔法を唱えた。風に押されてルネスの体は壁にぶつかり、そのまま崩れ落ちた。
風の刃に刻まれた体から赤く鮮やかな血が流れて血だまりができた。
僕はその後ろに投げ飛ばした魔道書を拾い上げた。もうおしまいなの?
また魔法を唱えて剣を作った。氷の刃を魔帝の首に突き刺して。ああ、また大量の血が溢れ出す。
そして灼熱の炎の短剣で壁に魔帝をはりつけた。炎に触れている部分は焼けていく。

その様をみて僕は更に笑う。呆気ないね、魔帝っていうのも。こんな無様な姿。
最後の仕上げに切り裂く魔法を唱えた。風が魔帝の体を容赦なく引き裂いた。
僕の頬に魔帝の血がついたけど。うん、良い仕上がりだ。
手でヴァンパイアの血を拭って気づいた。僕は今、にやりと笑ってる。
お城の地下で一人の高笑いが響き渡る。それは勿論、僕のものだ。
皆倒れた。ラーキさんも清海ちゃんもルネスも。そう、僕がやったんだ。
こんな量じゃ足りない。もっと、もっと血を見ないと気が済まない。
理由なんてどうでも良いさ。ただ僕は自分に忠実に、やりたいことをやったんだ。
これだ、きっと僕がずっと求めていたものは。ずっとこうしたかったんだ。

『ガッ!』

!? 何かで後頭部を殴られた。そのショックがスイッチとなり頭痛がまた始まった。
殴られたのはそう痛くもなかったけど、頭痛がする。頭の後ろ側でチカチカと音がする。
誰が。一体。振り向くといたのはラーキさんでもなく清海ちゃんでもなく。

僕の邪魔をするのは誰………?
すうっと、頭痛がひいていった。

あれ? 僕は一体何をやってるの? 此処はどこだろう。起きていたはずなのにさっきまでの記憶がない。
「起きろ」
誰かの声。少なくともラーキさんでもない、男の人の声だというのはわかるけれど。
僕はまた頭を、今度は剣の柄で眉間を殴られた。かろうじて意識は飛ばない程度に。
「うぁっ」
「ん? 正気に戻っているのか、おい」
「な、なんのことですか」
この人は一体、誰? 全然知らない人だ。出会って数時間ではぐれた清海ちゃんよりも知らない。
でも、この人は僕のことを知っているような顔だ。清海ちゃんよりも僕のことを知ってそうな表情。
あー、もう何がなんだか。関連性が見えてこないっていうのもあるけど、疲れが押し寄せて来て今にも倒れそうだ。
どうしてこんなに疲労感を感じるんだろう。目まいがする。耳がわんわんしてる。
まるで魔法の射手銛を九七発も同時射出する訓練を終えた後くらいに僕の魔力は消耗しきってる。
ふらふらと前のめりになって倒れそうになる。でも襟首の部分を掴まれていた。

「とりあえず説教だ」

なんのことですか? 男の人の指差す方向には何故かラーキさんがいた。いつの間に。
ええとですね、僕はルネス=ディオルにさらわれてからその後の記憶がないんですけど。
どうしてラーキさんがここに? 何かあったんだろうか。自然とぎこちない笑みが僕の顔に浮かぶ。
「キュラ」
こめかみに青筋……うわあぁぁ! ラーキさん、なんだかわからないけどひどく怒ってる!
殺されるかもしれ、ない。そんな考えが頭をよぎるくらいの顔だ。半殺しは確実に受ける。
ああ! 清海ちゃんもいる! ぼ、僕なにか悪いことしたのっ!?
わけもなくラーキさんが怒るわけないしあの黒装束だし!
襟首を持ったれていた手が放されて僕の顔がサーッと青くなっていく。
「い、行かないでください!」
この人がいなくなったら絶対に僕はラーキさんに殺される! 僕は咄嗟に両手で男の人を掴んだ。
呆れ顔で僕を引き離そうとするけど、僕も引き離されまいとする。ごめんなさい、縋らせてください!
「おい、キュラ。てめぇ腑抜けたことしてんじゃねえよ……大人しく説教を受けろ」
やばい。ラーキさんの声のトーンがいつもより低い。キレる寸前だ。これで抗ったらどうなることか。
「は、い……」
背中に隠れるのはやめたけど、でもしっかりと腕は掴んだままで。がっちりと服の袖口を。
呆れられようがなんだって命が繋がるんならそれ以上のことはないよ! ごめんなさいごめんなさい!
「あれ、ラーキさん……血が」
よく見ればラーキさんは血を被っていた。
髪は黒だし服装も黒で統一されてたからよくわからなかったけど。ラーキさんの肌には血がついてる。
そのことがひどく、僕の心を揺さぶった。そして何かを思い出せそうで頭が痛い。
「ったく、こっちはおまえのせいでなぁいろいろと……こんな場所で覚醒しやがって。この大バカが!」
僕のせい? あわわ、僕一体何してたの? 今日は一度も変な夢なんて見なかったのに。
でも、変だ。気づけば僕はいる場所も違うし、手には見覚えのない魔道書がある。
風の魔法みたいだけど僕には読めない。混乱する頭にに少しずつ記憶が戻ってきた。

断片的にだけど、魔法を放つ僕と倒れるラーキさん。それから、清海ちゃんがいた。
つぎつぎと巻戻されていく記憶に僕は身が竦んだ。
僕……この魔道書を使っていた。それからに清海ちゃんに魔法を……僕は、なんてことを!
「俺にまで魔法を打つとはな。姉貴以上のひねくれ者だぜ。我を失って魔に呑み込まれんじゃねえ!」
胸倉を掴まれ揺さぶられてラーキさんの顔がすぐ近くにある。でも、それよりも、最後の言葉。
「魔? ラーキさん、僕の……」
僕の正体を、知っていたの? 僕も知らなかった僕の正体を。あの人の言うとおりだというの?
じゃあ、どうして今まで教えてくれなかったの。隠していたの。姉さんは? 姉さんはどうなの。姉さんもなの?
魔物を討伐する人が、どうして僕の正体を知っていながら。
最後まで言葉がでない。喉が壊れてるんじゃない、声にするのが怖かった。
「当たり前だ。ティカとお前を拾ったその日から、お前らの正体には気づいていた」
嘘だ。どうして? ラーキさんは魔物に情けをかけることなんて絶対にしない人だ。
魔者と知っていて、助けるはずが……ない。魔者だって、ずっとラーキさんは狩り続けていた。
僕はそれを真近で目にしてきた。姉さん以上に、ラーキさんが何を倒してきたか見てきた。

沈黙が流れて、僕の鼻に嫌な臭いがついた。なんだろう、これは血? 血のニオイ。
これは……ラーキさんの後には血溜まりがある。その鮮やかな血溜まりの真中にあるものは?
「おい、キュラ! 説教の途中で目を逸らすんじゃない!」
僕の手から魔道書が奪われた。返してよ、としがみついていた腕を放し奪い返そうとするけど。
高く持ち上げられて僕の背じゃ届かない。だから、あなたは誰なの。どうしてラーキさんといるの。
ラーキさんの横は姉さんのものだ。僕の姉さん以外に、ラーキさんの横に立つのはダメなんだ。
「返して」
音も無く魔道書を奪った人とラーキさんが消えた。一体どこに……あたりを見渡してもいない。
見えるのは飛び散った血の跡とルネスだったはずの血に染まった死体。
途端に沸いてくる高揚感。誰かの血が見たい、叫びが聞きたい。全てのものを破壊しつくしたい。

この城を、魔法で壊そうか。此処にいるのもなんだか飽きてきたし。
魔道書の中身は、見たことのある箇所だけは覚えてる。
僕は唇の端をつりあげた。だってまだ、全然何も終ってないよ。だから続けるんだ。
僕は血だまりにも倒れている人影に目もくれずに消え去った。
地を揺らそう、軽く。ちょっとしか見てないから自信は持てないけど、きっと発動するはずだ。
古代の魔法はたとえ一節でも口ずさんだなら、世界に干渉し始めるのだから。
かつて、人は全ての章節を口にして理解したという。魔法は世界を滅ぼすものだという事実を目にして。
だから現代の呪文は威力を弱めた。その代わりに、魔法は誰にでも使えるものになった。
でも、そんなのじゃ僕は満足できない。誰にでも使えるのなら、それは僕以外の人がしてよ。
僕は誰でもかまわないような物には興味を持てないから。



「う……んー?」
ええっと、あれ。ここどこだっけ? あたりをきょろきょろ見回した。
広い廊下とこうこうと燃える松明の炎。近くにはレイが転がってた。
「おーいレイー、起きてるー?」
ゆさゆさと揺らしてもレイは動かない。起きてないのかな? 頬を軽く叩いてみたけど起きない。
いや、強くやればさすがに起きるかもしれないけど。後が怖いからそんな真似しない。
そもそもどうしてこんなところに寝転がっていたかっていうと……なんでだっけ?
あー、そうそう。キュラの魔法で気を失っちゃったんだよね。強い光をみて。びっくりしたー。
「清海ちゃん、大丈夫?」
ふえ? あ、ミレーネさん。あれ? 目の前にいるんだけど、足っていうか。
というか、実体がある。
ええとええーと幽霊の時はこう、薄いっていうか立体的な感じじゃなかったとかいろいろあったのに。
今目の前にいるミレーネさんは手を私に差し伸べている。私はミレーネさんの手を借りて起き上がった。
その時は、何とも思わなかったのに後から実感がこみあげてきた。ミレーネさんの手を取れた。
「えーっ!」
ミレーネさん死んだんじゃなかったのっ!? じゃあ、あのレイの呟きは一体。仇って言葉は。
私の叫びを聞いてかレイが目を覚ました。ミレーネさんを見て目をかっぴらいてる。だよね、普通。
「……姉さん?」
「私にもよくわからないけれど。彼と関係しているのかもしれないわ」
レイがまさか、という信じられないような顔をしている。あれ? 壁に、血がついてる。
倒れる前はなかったのに。血を見てミレーネさんが悲しそうな顔をした。でもそれも一瞬。
足場がズレた。思わずしゃがみこむと、前に後ろに床が揺れた。
「うひゃぁ!?」
しかもかなりの揺れ。いままで何度となく地震には遭ってきたけど、こんなに酷いのは感じたことがない。
「あの子も目覚めてしまったわ。悪い方向に。あれは暴走としか言えない」
ミレーネさんが説明のようでいて全くわからない説明をしている間にも、私はレイの小脇に抱えられ移動していた。
疾走するレイの横を苦もなくミレーネさんは同じ速度で走る。
まわりの光景が吹き飛んで見えるくらいなのによくミレーネさんも走れるなあ。
正直私は抱えられて一分も立たないうちから脇腹が痛いです。ぎゅーっと締めつけられてるんだもん。
ところで、別におんぶにだっこってわけじゃないんだけどさ。
レイって冷たいわりには結構面倒見が良いよね。私は体が竦んで動けないから仕方なくなんだろうけど。
やろうと思えば置いてけぼりにも出来たわけですよ。うん、でも今は腰が痛くて私も仕方ないんだよね。
「あ、さっきの……」
黒い司祭の格好をしたお兄さん。それともう一人、肩から剣を背負ってる銀髪のお兄さんもいた。
その二人と私たちはちょうどバッタリ出くわした。奇遇だなあ、こんな時に再会するなんて。
「あいつ……後でギタギタにしてやる」
うわっ、司祭っぽいお兄さんすごい怒ってる。あれ? 壁に血文字が浮き上がってるんだけど。観光名物なの?
「ミシュレカ、ビスレード? これは」
血文字が浮き上がってどんどん変形していった。血文字から壁から剥がれて実体を得た。
崩壊しているにしては静謐な空間の中、黒いなにかと恐竜が私たちの前に立ちはだかった。




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